スポンサーサイト
--.--.--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
// --:-- // スポンサー広告
 THE MEAT.
2006.06.17(Sat)
僕のでっかいリュックサックには3冊の文庫本が入っている。1冊は時間つぶしのための推理小説《樽》。もう2冊は僕の競馬の原点である寺山修司の《馬敗れて草原あり》と《競馬への望郷》である。何度も読み返してすでに表紙はボロボロだが、その中に寺山がロンドン滞在中に書いた(と思われる)エッセイが収録されている。ロンドン潜入の記念に、原文をそのまま紹介したい。(これって著作権に引っかかるのだろうか?もし知っている人があったらご一報。すぐに消す準備は整っています)
肉。

ロンドンの土曜日。
競馬場までのバスの中で、私は古本屋で掘り出してきた一冊の本を読んでいた。それは《Best Racing & Chasing Stories》という競馬奇談のアンソロジーであった。とても不思議な話がおさまっていたいたので、その中の一つを紹介してみよう。
それはコリン・ディーヴィの『幸運』という題の短篇である。

ある雨の夜、酒場に一人の老人があらわれて、身の上話をはじめる。その老人は若かったころ、ジャック・クイックの厩舎の馬丁だったのである。ジャック・クイックの厩舎は未勝利の古馬ばかりで、しかも当時はまだ馬丁の組合もなかったので、馬丁たちは一人で何頭もの馬を受けもたされながら、収入はほとんどないのだった。
ところで、その老人の持馬に一頭の灰色の大きな馬がいて、モナスティックカーム(僧院の静けさ)という名だった。実際、モナスティックカームはその名のように、僧侶を運ぶにしか向かないようなおとなしい馬であった。老人は「どうしてこんな馬が競馬場にいるんだろう」と不思議な気がした。
「売ってしまえばいいのに」と老人がいうと、ジャックは、
「いやいや、モナスティックカームには時が必要なのだ」と反対した。そして、実際その通りになったのである。
ある日、老人が調教師の娘のベティと立ち話をしていると、カームがそっと寄って来てソーセージを奪って逃げた。そのときのカームの形相は、どんなレースのときにも見られないような凄まじいものであった。そして、そのときからカームは変わったのである。いままでは、老人がどんなにムチを一杯使っても攻馬にならなかったのが、その日、老人が乗るやいなやカームはすばらしいスピードで馬場を一周してみせた。
翌日、老人はベティに頼んで少し大きな肉片をもらい、それをカームに与えた。するとカームは、バーベリで二勝クラスに属していた馬をあっさり攻馬でふり切ってしまったのだった。実際、それは素晴らしいスピードであった。老人は、それを自分だけの秘密にしておきたいと思ったが、あまりにもカームが肉を要求するのと、調教タイムが目立つので、かくしておくことは不可能だった。
そこで老人は、調教師に自分の知っているすべての真実を打ちあけて、どうしたらいいだろうかと、相談したのだ。ジャック・クイックは一部始終をきいて、うまいことを思いついた。
「このことは、決して他の誰にも話さないでくれ」と、彼はいった。
「そしてきょうから、おまえがカームの馬主になるのだ」と。
レースの一週間前になると、老人と馬は情報屋からのがれるためにニューマーケットの農場へかくれた。老人は、ジャックの考えた「レース作戦」のことを考えると、ひとりで笑いがこみあげてくるのを感じた。それは、競馬場で返し馬をするとき、スタンドからいちばん遠いところで、柵の外から他の馬丁が肉の匂いを嗅がせるというものだった。(ふだんは、他の馬と同じようににんじんの匂いを嗅がせていたが----)その匂いを嗅ぐと、ほうび欲しさで、馬は全力で走るからである。
レースは、この地方でもっとも賞金の高いもので、カームは過去の成績からして、まったく人気がない。ということは賞金だけでなく、高い配当金にもありつけることになる。そう思うと老人は実際、幸運な気分であった。そして、レースの日がやってきた。
そこまで話をきくと、酒場の客たちは皆シーンとしずまり返った。老人が話をやすむと、客たちは競うようにして、そのコップに酒を注いでやる。だが、酒を飲み終えても、老人はなかなか話を続けようとしなかった。とうとう、たまりかねたように一人が尋ねた。
「……それで、勝ったのか、え?」
老人はうなずいた。
「勝ったとも。モナスティックカームは無敵だった。本命馬を三馬身以上離して、楽勝だったよ」
だが、そういいながらも、老人はなぜだか悲しそうに見えるのだった。そこで、皆は酒をぐっと飲み干したが、ものたりな気の一人が尋ねた。
「で、一財産は手にしたのかい?」
老人は首を振った。
「いいや」
「どうして?」
とべつの客が尋ねた。
「騎手が、レースの後の検量をうけられなかったのだ」
と老人が答えた。
「決勝点にいるはずの肉片を持った馬丁がいなかったので、腹をすかしたカームは騎手をふり落として食べてしまったのだ」
それから老人は陰気に皆を見まわして、つけ加えた。
「長ぐつも、何もかも」

私にはこの話が実話かどうかは、わからない。
ロンドンの競馬場で向かう途中、バスの外は雨が振りそそいでいた。空はどんよりと曇っていて、私には何が「幸運」で何が「不運」なのか見わけがつかなかった。私は本を閉じて、ポケットから今日のレースの出馬表を取り出した。何とか、穴を的中させて、残り少ない旅の費用をふやしたい、と思ったからである。
ダービー後のアスコットは、よく荒れるのだそうだ。------私は、ゆっくりと出馬表を見まわしていった。そして、その中に思いがけない一頭の馬の名前を見出して愕然とした。第八レースサラ古馬、二〇〇〇メートルに、モナスティックカームという馬名を発見したからである。これが、小説の中の馬と同じ馬かどうか、おそらく誰も知ることはできないだろう。モナスティックカームは十一頭立ての十番人気であった。それは充分に賭け心をそそるものである。
きょうは、これで勝負だ。
と私は心に決めた。だが~~~~~そのときの顔がバスにうつっているのを見ると、私はすでに何と老けていたことだろう。少年老いやすく、賭成りがたし。
ロンドンは霧のせいか、いつも稍重のレースが多いのだった。
(寺山修司著『馬敗れて草原あり』収録“肉”を引用)

スポンサーサイト
// 03:04 // イギリス競馬 // Trackback(1) // Comment(2)
<<サッカーW杯Hendon Park大会。 | ホーム | 1頭と1人のジェラード。>>
コメント
 
ニューマーケットには日帰り旅行ができないのかな。
// 2006.06.17 // 11:52 // URL // トレンタム // edit //
 
ニューマーケットは、いまいる所からかかっても2時間で着くと思われます。ただ、この時期は開催しておらず、最寄り駅から直通電車がない模様で…。今回はアスコット開催に絞ってみようと思っています。
// 2006.06.17 // 21:29 // URL // タカアキ // edit //
 コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

 トラックバック
トラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
 
厩舎馬や牛などの家畜を飼う小屋のこと。競馬において、調教師が管理する施設・組織の総称。以下で述べる。----厩舎(きゅうしゃ)は、競馬において、調教師が管理する施設・組織の総称として用いられる言葉である。競走馬と調教師の管理関係を表わす際に多く用いられ、たと
【2007/07/28 17:06】 | ネットでカジノ-酔狂野郎
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。